早稲田大学建築史研究室 月報

早稲田大学建築史研究室の活動報告ブログです。

2020年度ゼミ活動報告会のお知らせ

この度、建築史研究室では2020年度ゼミ活動報告会を開催する運びとなりました。

各ゼミが各々のテーマを掲げ、一年間取り組んできた活動のまとめ発表いたします。

 

報告会の詳細に関しまして、建築史研究室OBのみなさまにはメールでご案内を送らせていただいております。

またメールを受け取られていない方で参加をご希望される方は、お手数ですが早稲田大学建築師研究室( info[at sign]lah-waseda[dot]jp )までご連絡ください。

 

■開催日時

2019年2月13日(土) 15:00よりZOOM上で開催(4時間ほど予定)

途中参加、途中退席可、カメラ・マイクオン不要

参加用リンク等はメールでご案内させていただいております

 

本年は上記の通り、本年は対面でのゼミ活動報告会を取りやめ、オンラインでの開催とさせていただきいただきました。

この事態が収束し、また皆様に直接お目にかかることができる日を願っております。

当日は皆様にご参加いただけることを心待ちにしております。

新年明けましておめでとうございます

みなさま、新年あけましておめでとうございます。

本年も建築史研究室をどうぞよろしくお願いいたします。

 

筆者は建築・都市とインフラ・メディアの関係を考える通称「広告研」に入っているため、正月の都市とインフラの関係についてつらつらと考えながら元日を過ごしました。

日本における正月の風物詩すなわち初詣というものも、近代の鉄道整備以降に広まったもののようです。都市圏の鉄道による集客戦略が、結果的に正月の都市のあり方を変えたと見ることができるでしょう。

そう考えていくと、今年の年始は電車の終夜運転も行われず、初詣も例年ほどには人が集まらず…と、ここにも疫病によって都市構造が改変されていく状態を見ることができるようです。

「コロナによって都市や建築はどう変わるか」というのは、いくつかの授業の小課題で繰り返し書かされたテーマでいささか食傷気味ではありますが、そのヒントは意外に身近なところに転がっているのかもしれません。

 

筆者はというと、卒業計画(卒業制作)に追われた1年前と比べ、今年の年始は自宅で比較的穏やかに過ごすことができました。初詣は地元の神社へ。静かなお正月です。

しかし筆者は現在修士1年生、2021年は就職活動に修論執筆にと、なにかと慌ただしい一年になるかと思います。温かく見守っていただければ幸いです。

鉄道と言えば、2021年に刊行予定の建築史研究室の学術雑誌「史標」に、ひとつ台湾における鉄道駅舎に関する文を寄稿しました。論文というよりはエッセイに近い内容ですが、ご笑覧くださいませ。この内容が修士論文につながれば良いのですが……。

11月報

建築史研究室では先日、卒業論文の最終発表会が開催されました。密集対策に配慮しつつ、広い教室で卒論生が一人ずつ発表を行います。今年度は新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、例年以上に困難の伴う研究であったことと思われます。発表を終えた卒論生の安堵の表情に、指導側も穏やかな気持ちになりました。

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今年度の卒論生の研究テーマも、国内の建築・都市からロシアやイタリアに関するもの、果ては南極大陸の基地建築に関するものまで幅広く、多様な指向を持った学生の集う建築史研究室の良さを改めて実感しました。

論文を提出した卒論生は今後、早稲田大学建築学科を卒業する際のもう一つの必須提出物である「卒業計画」すなわち卒業設計作品に取り組んでいくことになります。卒論は1人ごとの執筆ですが、「卒計」は3人チームでの制作です。

昨年度は「卒計」の金賞・銀賞をそれぞれ建築史研究室メンバをチームが獲得するという嬉しい結果となりました。卒計は決して受賞だけを目的とするものではありませんが、体調に気をつけつつ、学部時代最後の設計作品として、自由な発想で納得いくものを作り上げて欲しいと思います。

と、上級生なりに偉そうなことを書きましたが、私たち修士1年生もそろそろ自分の修士論文のことを考えなければいけない時期です。残念ながら、修士課程卒業までに海外へ建築調査に出掛けることは難しそうな昨今の情勢。卒論では台湾をテーマにしていた筆者、修士論文テーマにはとりわけ悩まされています。

(文責:M1原田)

10月報

"さやけくて妻とも知らずすれちがふ"

 

と詠んだのは20世紀の俳人 西垣脩でした。秋の柔らかな陽光をうけて黄金色に輝く街路樹や街並みの美しさに見惚れ、道ですれ違った人が我が妻であることにも気付かない。そういった情景が思い浮かびます。今年もようやく蒸し暑い日々が終わり、街の風景が温かみを帯びる季節がやってきました。

もっとも今年は、道を歩いていてふとすれ違った人が友人知人であるのに、マスクのせいで気付けずに困るという別の問題に悩まされています。向こうからやってくる人が見知った人であるか判断がつかず、微妙に会釈のようなものをしてすれ違う瞬間のきまりの悪さといったらありません。風情どころの話でもなくなります。

 

いっぽうで10月に入り論文提出も近づき、春夏に比べれば多くの卒論生が研究室に顔を出すようになってきたことで、ようやく彼らの名前と表情とが私の頭の中で一致するようになりました。やっと躊躇せず「○○さん、最近どう?」といった肩の力を抜いた会話もできるようになってきました。

今だに時折、研究室では卒論生と修士生の間で「はじめまして」という挨拶が交わされています。オンライン上では何度か会話をしていても、実際に対面するのは初めてという具合です。例年とは勝手が違いますが、感染拡大に気をつけつつ、研究室メンバー間の交流もまた深めていければと思う次第です。

 

衣替えというわけではありませんが、研究室では先日、棚の整理を行いました。新しいカメラやPCの導入をうけて久しく使われていなかった古い機材の処分です。こういった機械に詳しい私や友人で、ひとつひとつ動作確認や研究室での使用の可否を判断し、「動くけれどもとても研究には使えない」という骨董品に関しては適宜学生間で払い下げを行いました。

私はと言えば、20年近く前に研究室に導入されたデジタルカメラを貰い受けました。ほとんどデジカメ黎明期ともいうべき時代の製品です。画素数の点で言えば、今日のスマートフォンにも敵いません。レンズのピントは手動で合わせなければいけません。

お世辞にも便利とは言えない代物ですが、自分が生まれた頃に最先端だった機械というものには不思議な憧れも感じます。時空を超えての憧れへのアプローチは、歴史研究室の学生の性でしょうか。いえ、単なるニッチな趣味かもしれません。とても重いカメラで遠くに持ち出すのは草臥れるので、色付いた庭の木を撮影。

 

"揺れやまぬ樹樹の梢や揺るることその健康に叶えるならん"

(川浪磐根)

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文責:M1 原田佳典

9月報

研究室活動がリモートになり、早半年。この月報に「今月もみなオンラインで作業しました。卒論生には頑張って欲しいと思います」の焼き直しを綴るのもいささか苦しくなって参りました。

残念ながら引き続き多くのゼミ活動はオンラインでの催行を強いられていますが、時にはネット上で収集できる情報を越えて多くの資料が必要になる時もあります。前期の間は厳しい予約制であった大学図書館も、徐々に開放の度合いが強まってきました。かくいう私も、久しくご無沙汰であった国会図書館に足を運んできました。

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台湾のコンクリート技術に関する論文で関西の国会図書館に収蔵されていたものを、インターネットから申請して東京本館に取り寄せてもらい、それを閲覧するために私ははるばる地下鉄を乗り継いで国会図書館に赴く、という塩梅でした。一冊の論文を読むために随分な移動のエネルギーが費やされるものだと、なにやら不思議な気分になります。

しかし振り返ってみると、去年の今頃の私は卒論を書くため、リュックサック一つで台湾にすっ飛んで行って図書館や博物館巡りをしていました。その渡航スタイルの無頓着なこと。当時の日記を見ると「パスポート、お金、pcだけ忘れないように。他は困ったら現地調達」といった具合で渡航していたことが分かります。電車で隣町に行くことすらちょっとした遠出のように感じる今日とは随分な違いです。

もっとも、浮いた旅費や交際費を上手く別の研究に投資している友人もいます。私と同じく旅好きの(というより、サイクリング趣味の)研究室メンバーは最近はドローンを購入し、都内での建築調査に存分に活用しているそうです。私も払い戻された台湾行き航空券を元手に、なにか上手い自己投資ができないかと頭を捻っています。

とりあえず、近所のスーパーで良い豚肉があったので、台湾料理の角煮を拵えながら台湾建築の資料を斜め読みし、渡航調査をした気分になりました。

旅に病んで夢は枯野をかけ廻る。

(文責M1原田)

 

8月報

雨続きの7月が去ったかと思えば、8月は暑いを通り越して痛いとすら感じられる厳しい日射の日々が続きました。

地面と空との境界が陽炎で揺らぐアスファルトの道路を歩いていますと、酷暑酷暑と連呼される「酷」の字が中国語では "cool" を意味するということを思い出し、では酷暑はcool heatか、これのどこがcoolであろうかと思考の跳躍が当てどころもなく続きます。

 

建築史研究室では8月頭に修士論文の中間発表会がオンラインで開催されました。この夏は卒論生(B4)と修論生(M2)にとってはひとつの天王山です。

いっぽう私のようなM1生にとっては、これといって急ぎの用事は見当たらないものの、修士論文のテーマ探しに就活の準備、アルバイト、調査活動、雑誌「史標」編集…と、やはり何らかのスケジュールには追われる日々が続いています。

例年ならば周りの同級生の就活や研究の動きを盗み見て、焦り自らもペースアップしたり、あるいは一休みして愚痴を溢しあったりもできるのでしょうが、今年はなかなかそうも行きません。

何事も個人戦になりがちな今夏にあっては、なかなかこの「月報」上で研究室活動としてご報告することも少なく、パソコンを前にキーボードを叩くでもなくひとり唸っている次第であります。

 

苦し紛れに、去年の今頃は何をしていたかと考えると、私はカンボジアや台湾に渡航し調査活動に勤しんでいました。実家に帰るくらいの気軽さで台湾に行くことができた時期でした(個人の見解です)。海の向こうの異国へも気兼ねかく行くことができた2010年代から、我々はだいぶ遠くに来てしまったと実感せずにはいられません。

写真は昨夏、台湾を訪れた際に撮影したものです。早起きして安宿を抜け出し、朝から開いているカフェを見つけて拙い中国語でコーヒーを頼み、頭が冴えてきたら図書館や大学へ。これこそ「酷」というものでしょう。

 

恨み辛みを述べるだけのような月報になってしまいました。来月はもう少し明るい話題をご提供できればと思います。

ここ数日、ようやく夜風が涼しいと感じられるようになってきましたが、皆様も体調に気をつけてお過ごしください。

(M1原田)

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7月報

連日降り続いた雨も漸く弱まりました。7月末、例年ですと夏季休暇の始まりに心を踊らせる時期ですが、今年ばかりは楽しみにしていた旅行も中止となり、手持ち無沙汰の日々の訪れに戸惑うばかりです。

 

例年、夏季休暇の前に卒論生は自身の論文の進捗を中間提出として書き上げます。こちらに関しては、今年も欠かすわけにはいきません。

例年と異なり実地調査どころか図書館での文献調査ですら容易には進まない状況ではありますが、卒論生たちは無事に中間提出を完成させたようです。指導を担当する身としても彼らの努力には頭が下がる思いです。

9月に夏季休暇が終わると、秋の最終発表はもう目の前です。このような状況ではありますが、なんとか卒論生にはこの夏の時間を有意義に活用してほしいと願っています。

 

いっぽう、私たちの一つ先輩の代、修士2年生はやはり修士論文に取り組まれています。こちらも夏季休暇前の中間提出に向けて追い込みをかける時期のようです。

ひきかえに筆者を含め修士1年生は、建築史研究室名物の古文書読解「プレ文献ゼミ」での発表を終え、まずはひと段落と胸を撫で下ろしている状態です。

あまり気を抜きすぎるのもよくないのでしょうが、ここ数ヶ月は慣れないオンラインでの授業やゼミ、製図講義のアシスタントなどに追われ家に居ながらにして疲れ果てる日々が続いていたので、肩の力を抜いて過ごせる時間の有り難さを痛感しています。

 

この夏は遠出は難しいですが、学生の本分が勉学にあることを思い出し、来年度の論文執筆に向けて書を紐解き知識を蓄える期間としたいところです。

みなさまもどうぞ、お身体にお気をつけて夏をお過ごしください。

 

(文責 M1原田)